鷲宮神社七不思議⑦神主が城主?

お題「#おうち時間
f:id:hiroukamix:20200524060124j:plain 鷲宮神社の西側に16世紀まで粟原城という城があった。代々鷲宮神社の神主であった大内氏が城主をしていた。 
 越後の上杉謙信小田原城を攻めに行った帰りに、上杉氏に従った羽生城主の木戸氏が粟原城を攻撃して、城は炎上したという。
 城があった所に住んでいる方に話を聞いた。今は城の跡形もないという。城跡にはお稲荷さんの祠(ほこら)とシュロの木が建っているのみだ。今は畑になっていて、一段高い所にある。高いのは、東武線の線路を引く時に、盛り土をする為に、そこから土を持って行ったからだという。畑を掘った時に、鎌倉時代の墓碑が出て来て保存しているとのこと。
 平城で堀もあったようだ。鷲宮神社と城跡の間に、青毛堀川が流れている。この川が堀の役割をしていた可能性がある。
f:id:hiroukamix:20200524055746j:plain 城跡に行く両側に家があり、その間に幅が2メートルほどの不思議な草道がある。わずか20メートルくらいの公道だ。公道と言っても、城跡に建っている一軒の家が所有している畑に行くしか使いようがない道だ。この道の車道側の入口に大手門があったようだ。
 城の近くに鎌倉街道利根川があった。鷲宮神社は陸運と水運の要所であったようだ。信仰だけではなく、経済的、軍事的にも重要な役割を果たしていたに違いない。