新人研修の思い出⑥一番不幸な人

f:id:hiroukamix:20200403054037j:plain その後、数年立ってからこの地方に縁あって、仕事で行った。その地方で唯一私が知っている人がNさんだったので、気になって訪問した。
 久し振りで少し道に迷ったが、家を探すことができた。インターフォンを押して、玄関の外で待っていると、Nさんが出て来た。相変わらず頭がボサボサでしわくちゃの寝巻着姿だった。私は顔を見てすぐ分かったが、Nさんは私が誰か分からない様子だった。前回訪問してカバンの中身を全部買ってもらった話をしたら思い出してくれた。
 そして、また例の話の続きが始まった。前と同じように、二時間くらい一方的に一気に話しまくった。家族に対する愚痴や病気に関する経過報告だった。
 今でも家族から疎んじられていて、家に居場所がないこと、その後も何度か入院したが、病名がまだ分からず、治療が進んでいないことなどをとうとうと話した。
 そして前回と同じように、自分の話したいことを終えると、
「ところで、今日は何をしに来た?」 
 と聞いた。
「仕事でこちらに来たので、Nさんの顔を見に来ました。」
 と言うと、嬉しそうな表情をした。そして、更にしばらく愚痴を聞いて別れた。その後この地方に行く機会がなかったので、Nさんとはそれっきりだ。捨てる神ではなく、拾う神によって、健康も家族との関係も改善されていることを祈るばかりだ。

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新人研修の思い出⑤一番不幸な人

f:id:hiroukamix:20200402044812j:plain 新人研修で訪問販売をしていた時だった。カバンに商品を一杯詰めて、任地に向かった。何を販売したかは覚えていないが、いやにカバンが重たかったような気がする。
 その日は山の奥で車を降りて、田舎の一本道を歩いて下って来た。道の途中、途中に点々と村があった。
 どの村も人がまばらだった。一軒一軒が離れていて、ようやく次の家に着いたと思ったら留守だった。
 人がいても老人ばかりで、
「若い者がいなくて分からない。」
 と言われた。そんな繰り返しで、夕方の五時頃まで、一つも売れなかった。
 商品が売れると、カバンが段々軽くなって、足取りも軽くなる。売れないと、カバンの中身が減らず、ズッシリと重く、心も重たかった。お腹は減るし、辺りは少しずつ暗くなり心細くなってきた。
 こんな時は拾う神にお願いするしかなかった。
「足はクタクタで、お腹はペコペコ。実績はなし。どうしたら良いですか?拾う神様、教えて下さい!」
 すると、ふと拾う神らしき声が聞こえた。
「この村で、一番不幸な人を探して愛しなさい。」
 そんな難しいことを言われても困る、と思いながらも、ある一軒の家のインターフォンを押した。
 すると、七十前後の顔が貧相で頭がボサボサの男性(Nさん)がしわくちゃの寝間着姿で出てきた。こちらが何をする為に来たかを言おうとしたら、そんなことにはお構いなく、自分がいかに不幸な人間かをとうとうと話し出した。
 病気になって、大学病院に入院したが、原因が分からない。まるで実験台のように、毎日入れ代わり立ち代わり、医学生が見に来る。皆一応は診察するが、何の説明もなく去って行く。まるで自分は見せ物にされている気分だったと言うのだ。
 仕舞いに病院から家に、葬式の準備をするように伝えられたそうだ。しかし、死なないし、原因不明で何の治療もできないので、結局は家に帰されたそうだ。
 生きて家に帰って来たので、家族が皆喜んで迎えてくれるかと思ったら、
「せっかく葬式の準備をしたのに、何故生きて帰って来た?」
 と、家族に冷たく言われ、毎日家にいても、自分の居場所がない、と言う。
「病気で死んでしまったほうが良かった。」 
 と、最後に言っていた。
 人間はどんなに裕福でお金があったとしても、たとえどんなに健康で長生きをしたとしても幸せにはなれない、と思った。
 帰って心が休まる家がある、自分を待ってくれている人がいる、というのが幸せではないかと思う。
 この方には家があるのに、そこに居場所はなく、家の中は針のむしろだった。
 難病に負けずに、生き延びた故に、生きる苦しみを味わう羽目になった。
 二時間ほど、一方的に一気に喋りまくると、
「ところで、今日は何をしに来た?」
 と、ようやく私が何者かを尋ねてきた。重いカバンの中から、幾つかの商品を出して、
「会社の新人研修で、この品物を売っています。」
 と見せると、
「じぁあ、全部置いて行け。幾らだ?」
 と聞いてきた。
 結局、その一軒でその日は全部売れてしまった。多分あの人が、その村で一番不幸な人間だったのだと思う。販売の秘訣は、いかにして売ろうかと考えるのではなく、相手の幸せや喜びを動機に歩むことだと思った。
 捨てる神あれば、拾う神あり、である。Nさんにも拾う神が現れて欲しいと思った。

続く

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新人研修の思い出④門の貼り紙

f:id:hiroukamix:20200401042124p:plain 門に貼ってある言葉を何度も繰り返して暗唱した。そして、どうしたら、感謝の心になるのかを考えてみた。
 何にもないのに、感謝するのは難しいと思った。話も聞いてくれない。誰も買ってくれない。実績は何もない。どうして良いかも分からない。これでどうやって感謝するんだろうと思った。
 しばらく考えてみた。感謝できそうなことを色々と探してみた。するとフッとひらめいたことが幾つかあった。
 今自分が生きていること、と言うよりも生かされていること、歩けること、目が見えること、喋れること、耳が聞こえること、太陽や空気があること、毎日三度、三度食事ができること、・・・。こんなにいっぱい感謝できることがあったんだ、と思った。
 気持ちを変えて歩み直した。「売ろう、売ろう。」ではなく、「感謝、感謝。」と自分に言い聞かせた。
 すると、次の家から立て続けに売れた。今まで売れなかったのが嘘のようだった。あっと言う間に、全部売り切れてしまった。
 感謝したら、本当に恵みがやってきた。正に「感謝するから幸せなのだ」と思った。
 しかし、とても不思議だ。売る商品もトークも訪問するエリヤも何も変わっていない。ただ自分の心の持ち方が変わっただけなのに、こんなに結果が違うとは。 
 人間の幸福や不幸は自分の心の持ち方次第だと思った。特に感謝の心を持ち続けることの大切さを学んだ。
 その後、二十年以上経ってからのことだった。何か衝動にかられて、ふと本屋に入ると、突然ある本がスーッと目の前に飛び込んできた。まるで私を待っていたかのようだった。すかさず手に取って、パッと開いて見た。すると何とそこに、
「美しい物を美しいと思える、あなたの心が美しい」
 という言葉が書いてあった。びっくりした。その言葉と再会してとても嬉しかった。慕わしい人と久し振りに出会ったような気分だった。そして、あの時の感動が蘇ってきた。
 その本は、相田みつをの「人間だもの」だった。すぐにその場で購入して、家でじっくり読んだ。味わい深い言葉がたくさん書かれていた。書道で書かれていた字も素朴で気に入った。
 しかし、「感謝するから幸せ」のほうは、いまだに誰の言葉か分からない。多分、受けた恵みに感謝するのは勿論のこと、当たり前のことにも心から感謝し、更にどんな試練や困難にも感謝して生きた人の言葉に違いないと思う。
 どちらにしても、この二つの言葉は、長年に渡って、私に大きな希望と勇気を与えてくれた。この言葉を語った人と、この言葉を門に貼ってくれていた農家の人と、あの日の午前中、私に断わってくれた全ての家の人々に感謝したい気持ちだ。そのお陰で会えた言葉だから。
 感謝の言葉、美しい言葉は感謝の心、美しい心を育ててくれる。感謝の心、美しい心は幸せと喜びを運んでくれる。

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新人研修の思い出③門の貼り紙

f:id:hiroukamix:20200331053225j:plain 暗闇の中で、たった一つの言葉に出会って、希望の光が見えることがある。私は暗闇の中で、二つの言葉と出会った。
 新人研修で、訪問販売をしながら田舎を回っていた時のことだった。一生懸命に一軒一軒訪ねたが、朝から昼頃まで、実績が全くなかった。色々工夫をして、あの手この手で話をするが全然効果がない。片っ端から断りの滅多打ちに合った。
 段々惨めな気持ちになった。逃げ出してしまいたくなった。以前の自分だったら間違いなく逃げ出していただろう。
 しかし、いつも不思議な出会いによって導かれてきたので、諦めずに気持ちを切り替えた。「今日はどんな出会いがあるのだろうか?」とワクワクして歩むことにした。
 そう思って入った次の一軒目だった。門がある大きな農家の玄関先で、
「ご免下さい。」
 と何度か大声で叫んだ。誰も応答がない。留守のようなので隣の家に行こうとした次の瞬間だった。門の両脇に何か手書きの言葉が貼ってあるのに気がついた。その言葉に引き寄せられるようにして見ると、
「幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せなのだ。」
「美しい物を美しいと思える、あなたの心が美しい。」 
 この二つの言葉が筆で書かれていた。これは天の声だと思った。この言葉が、今日の出会いを導いてくれるに違いないと直感した。
 それまでの自分は、売れたら幸せ、と思っていた。良いことがあったら感謝するが、そうでなければ感謝しない。とても打算的な考えだった。
 しかし、この言葉の意図するのはそうではない。まず初めに感謝の心が大切だ、と言うのだ。何に対して感謝するのか、すぐには分からなかったが、今までの自分の考え方が間違っている、と思った。感謝の気持ちがないのに、幸せや良い結果だけを求めても、それは得られないのだと思った。
 そして、もう一つの言葉は、美しい物があるから美しいと感ずるのではなく、心が美しいから、美しく見える、という。この言葉も私の心の中にスーっと入って来た。
 今まで、売ろう、売ろう、と躍起になって構えていた。これでは相手も嫌がって逃げてしまう。感謝の心など微塵もなかった。
 美しい心ではなく、不平不満や打算的な心、売れなくて焦る醜い気持ちが強かった。

続く

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新人研修の思い出②万年ビリ

f:id:hiroukamix:20200330054247j:plain 一ヶ月寝ている間に色んなことを考えた。
「何故あんな馬鹿なことを考えたのだろうか?」
「何故本当に事故が起こったのだろうか?」
「また何かを願ったら、それが叶うのだろうか?」
 あれやこれや考える中で、一つの結論に至った。
「強く心の中で願ったことは、形になるのではないか。」
 という思いだった。
 だったら、どうせ願うのであれば、悪いことや後ろ向きのことではなく、良いことや前向きのことを願うようにしよう、と考えた。
 過去を振り返ってみると、今まで自分は失敗したことや、苦手なこと、したくないことに対して、悪い結果ばかりを想像して、ずーっと逃げて来た。逃げて、逃げて、逃げ続けてきた。
 しかし、逃げれば逃げるほど嫌なことや悪いことがどこまでも追いかけて来て、つきまとうのだった。その結果益々不安や恐怖に襲われた。
 一ヶ月休養している間に、様々なことを考えたり、思い出した。小学校の修学旅行の前夜に、父から聞いた話が頭に浮かんだ。
「酔うと思うから酔う。酔わない、と思ったら酔わない。」
 大学を卒業する時に父からもらった祝辞も思い出した。
「当たって砕けろ。」
という言葉だ。すっかり忘れていた。
「これからは、目の前に直面したことに対しては、それがどんなことであれ、逃げずにぶつかって行こう。良い結果だけを見つめていこう。」
 と考えた。すると不思議なことに、不安や恐怖が徐々に消えていった。立ちはだかっていた壁や不可能と思っていたこともおのずと去って行った。
 体が回復して、再び私は訪問販売に戻った。明らかに以前の私とは違った。できない自分ではなく、できる自分をいつも心に描いた。様々な困難に直面したが、逃げなかった。
 段々と人と会うのが怖くなくなった。むしろ楽しくなった。それに従って実績が伸びていった。実績が出ると販売が好きになった。社内ではいつもトップの仲間入りだった。あれほど苦しみ悩んだことが嘘のようになった。
 今まではできる気がしなかったのに、それからはできない気がしないのだ。できて当然、できるのが当たり前になった。
 事故になったお陰で、人生において、とても大切なことに気づかせてもらった。
 捨てる神あれば、拾う神あり、である。

続く

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新人研修の思い出①万年ビリ

f:id:hiroukamix:20200329055718j:plain「仕事の思い出」のお題が出たので再度載せます。

 私には絶対にしたくない仕事が三つあった。
 一つ目は医者だ。気が小さいので、血を見たくなかったからだ。
 最近のテレビドラマは流血シーンが多いと思う。しかも生々過ぎる。真っ赤な血がドバっと出る。つい目を背けてしまう。身体を切ったのに、口から血が流れるシーンを何度も見た。全く理解できない。誇張しているとしか思えない。
 それはさておき、人の生命を救う為に、血を見ても動じないお医者様には、尊敬の念を抱かざるを得ない。
 二つ目は学校の先生だ。人前で話をするのが苦手だったからだ。どもりで対人恐怖症だった私は、人と会うことすら大変なのに、大勢の前で話をするなどもっての外だ。そもそも人に何かを教える柄でもなかった。
 三つ目は、商売だ。これも人が相手で必ず話をしなければならないからだ。頭を下げてばかりいるのも好きではないし、心にもないお世辞を言うのも苦手だ。
 そんな私が寄りによって訪問販売の仕事をしたことがある。本当は逃げ出したかったのだが、成り行き上やむを得ず、することになってしまった。
 最初に新人研修があった。千円くらいの商品を、一軒一軒訪問して売る訓練だった。毎日が地獄で、嫌で嫌でしょうがなかった。一日歩いても一つも売れない日が何日も続いた。売れるはずがなかった。ドアを叩かないのだから。人が出てくるのが恐ろしくて、ドアをノックできずに、同じ所をグルグルと回っているだけだった。話しをするのも怖かった。
 二百人くらいいる社員の中で、いつもビリだった。ビリ仲間がもう一人いて、いつも二人で慰め合っていた。彼は沖縄出身だったが、愛嬌も良く、イケメンで話も上手かった。何故彼がいつもビリなのかは謎だった。
 販売で訪問する任地まで、先輩社員が車で送ってくれた。ある日、任地に行く途中に、とんでもないことを考えた。
「車が事故にでもなったら、販売に行かなくて済むのに。」
 自分勝手な馬鹿なことを考えたものだ。しかし、幸か不幸か私の願いは、その日の内に実現してしまった。ただ任地に行く途中ではなく、帰りの道でのことだった。
 運転手の居眠り運転で、車が松の木に正面衝突したのだ。もし助手席に誰かが乗っていたら間違いなく即死だった。助手席がペチャンコだったので。
 廃車になるような事故にもかかわらず、幸運なことに運転手も後ろに乗っていた他の社員たちも皆無事だった。ただ私一人を除いては。運転手は眼鏡が吹っ飛んだだけで済んだ。
 私だけムチ打ち症で動けなくなって、救急車で病院に運ばれて入院した。病院の同室の人たちがとても良くしてくれた。数日間入院した後、一ヶ月くらい寝ていた。
 事故になった理由は明白である。私がそれを望んだからだ。まさか本当に事故になるとは夢にも思わなかった。願いが叶って嬉しいというより、複雑な気持ちだった。

続く

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コロナ問題解決の鍵

f:id:hiroukamix:20200328060747j:plain 桜が満開になり菜の花とも共演して青空に映える、とても爽やかな季節を迎えた。彼岸も過ぎて、日もだいぶ長くなってきた。寒いのが大の苦手な私にとっては、有り難い季節だ。
 しかし、新型コロナウィルスは世界中で猛威をふるっている。中々収まりそうにない。最近は「鎖国」などという時代遅れの言葉がニュースに飛び出してきた。
 海外渡航のみならず外出の自粛、在宅ワークの勧め、県を越えるなという要請。移動がどんどん制限される。イベントや人が集まることも容易ではない。
 コロナ問題の前から、ずっと気になっていることがあった。多くの国が「壁」を作っている現状だ。世界がどんどんナショナリズム的になってきた。コンクリートの壁だけではなく、心の壁も含めて。
 米中の経済的な壁、イギリスとEUとの壁、日韓の歴史的な壁などがある。南北や東西間の壁、宗教や民族の壁が世界中の至る所にある。国内にも地域間の感情の壁や政治的経済的壁は多い。先日ある政治家と話をして痛感した。市長は市の壁を越えられない。知事は都道府県の壁を越えられない。国家の首長は国を越えられない。あるいは、家庭の中にも夫婦や親子、兄弟の壁があるかもしれない。自分の心の中でも、壁を作って閉ざしているかもしれない。
 その象徴が、コロナによる交流や移動の制限に現れているような気がする。国と国、地域と地域、人と人とが距離を置き、隔離せざるを得ない状況にある。
 今、国を越えて、世界が一丸となって団結して歩もうとしている。見えない共通の敵を前にして、人間どうしが争っている場合ではない。時として、歴史は間違った文化やズレた価値観を正す為に、荒業を使うことがある。
「雨降って地固まる。」とか「災い転じて福となす。」の諺のように、一人一人の気づきと悟りによって、個々の心から壁が消え去り、家庭の中から壁が取り除かれる。更に社会や国、民族や宗教の壁が崩れ、世界中の歪みが正されることによって、世界が平和に向かって大きく前進し、飛躍することを信じている。

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