心の中のマイナスの感情をアウトプット

f:id:hiroukamix:20201022053223j:plain 昨日の「呼吸で心と体の邪気をアウトプット」でも少し触れましたが、心の中のマイナスの感情を出す事はとても大切です。
 怒りや悲しみ、不平不満、恨みなどが沢山溜まると、心が歪んでしまいます。正しい判断や正しい見つめ方ができなくなります。
 イライラしたり、ヒステリックになったり、気が滅入ったり、鬱的になってしまいます。健全な心を保つ事が難しくなります。
 私はマイナスの感情を定期的に出します。誰もいないところで大声で叫ぶ事もあります。一人で車を運転している時が良いです。誰かが聞いていたら、気が狂ったのではないかと思われそうですが、そんな事はかまいません。言葉にして、はっきり吐き出すのが大切です。
 また、文章にして書き出すのも良いと思います。書きなぐる、と言った感じです。書いた紙を破って捨てたり、燃やしてしまいます。そして忘れてしまいます。
 人に話してスッキリするのも良いと思います。以前尿道結石で一週間ほど苦しんでいた知人がいました。病院が嫌いで行こうとしません。家に訪問しました。心の中に沢山マイナスの感情が溜まっていました。それを徹夜して全て聞いて上げました。
 優秀なお兄さんと比較されて、いつも親から否定されてきた恨み、学校の先生からバカにされた怒り、同級生からのいじめなど次から次へと悔しい思いが出てきました。全て吐き出したら、スッキリしたそうです。
 家に戻ってからその知人から電話が来ました。私が帰った後すぐに尿と一緒に石が出たという事でした。あれほど痛かったのが嘘のようだと言っていました。
 便秘は万病の元と言いますが、心の便秘は早く解消しないといけないと思います。

呼吸で心と体の邪気をアウトプット

f:id:hiroukamix:20201021054049p:plain 毎朝深呼吸をします。呼吸はまず吐く事が大切だと言います。体中の汚れた空気を出し切らないと、新鮮な空気を吸い込めません。その為には3段階で息を出します。
 第1段階は肺の中から空気を出します。呼吸が浅いと、これでお仕舞いです。しかし肺だけだと空気が入れ替わらないので、汚れた空気が体に溜まってしまい、便秘と同じように病気の原因を作ってしまいます。
 第2段階はお腹をへこませながら、お腹の中の空気を出します。腹式呼吸です。寝ている時は誰でも腹式呼吸をしています。歌は腹式呼吸でないと、良い声が出ません。
 第3段階は肩で呼吸をします。肩を下げながら体中の空気を出し切ります。マラソンをした後に、肩を上下しながら激しく呼吸をします。肺とお腹だけでは間に合いません。この3段階を合わせて10秒くらい時間をかけてゆっくりと空気を吐きます。
 更に吐く時は、体中の隅々から邪気が全て出て行くようにイメージをします。風邪のひき始めの時は、悪い菌が体から出て行くのを想像します。ちょっとした風邪なら、この呼吸だけで治ります。
 また、心の中にも悪いものを溜めずに、出すように意識しています。怒りや悲しみ、不平不満などマイナスの感情を息と一緒に出します。マイナスの感情を溜めると、心だけではなく、体も病気になります。
 息を吸う時は、胸を張って、お腹を膨らませて、肩も少しあがります。一気に吸います。空気と共に、愛と感謝の気持ちを一緒に吸います。勇気や希望も吸います。
 息を吸う時は、必ず鼻でします。鼻はフィルターの役割をします。花粉やホコリだけではなく、ウィルスや細菌を軽減する働きがあります。また冷たい空気を適度な温度や湿度にしてくれます。
 更に聖書には、「神は人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた。そこで人は生きた者となった。」と書いてあります。
「息をする」が「生きる」に通じます。心と体の健康は、正しく「息をする」事が基本だと思います。

アウトプットの恩恵

f:id:hiroukamix:20201020052224j:plain ブログを書くまでは、写真にはそんなに興味がありませんでした。余程綺麗な景色や特別な場合しか写真を撮りませんでした。
 ブログを書くと、一番最初に写真を貼り付けるスペースがあります。初めの頃は無視していましたが、やはり写真がないと寂しい気がしました。そこで途中から、文章にふさわしい写真やイラストを探すようになりました。
 すると、今まで見えなかった景色が目に飛び込んで来るようになりました。家の周囲の木々や道端の雑草など、全く関心がなかった物も、文章との繋がりを通して目に止まるようになりました。
 関心がないと、見れども見えず、聞けども聞こえずでした。毎日のように新しい発見があり、日々新鮮な気持ちです。
 スマホのアルバムに写真がどんどん増えていきます。時には写真から連想して文章が引き出される場合もあります。
 アウトプットをする事により、見えなかった物が見えるようになり、聞こえなかった物が聞こえるようになり、感じられなかった事が感じられるようになりました。
 しかし一番の恩恵は、今まで全く縁のなかった方達と交わる機会が与えられた事だと思います。見知らぬ地域の見知らぬ人と、暖かい交流ができる事は不思議でもあり、心から感謝しています。

気づきノート

f:id:hiroukamix:20201019053253j:plain 私は気づきノートを持っています。胸ポケットに入る小さなノートです。これがアウトプットの第1歩だと思っています。話を聞いたり、本を読んでいて、ふと心に留まった言葉や気づきがあると、そのノートに書き留めます。
 気づきがあって、その時は感動しても、少し経つと忘れてしまう事が度々ありました。「何だったっけー。」と、幾ら思い出そうとしても思い出せません。それで気づきノートを付けています。
 気づきは、いつ訪れるか分かりません。歩いている時や電車の中、人と話をしている時やテレビを見ている時、寝床に入ってからの時も度々あります。ですから、小さなノートを常に持っています。
 更に、ルーズリーフの大きなノートがあります。小さなノートから、項目別に書き移します。「感謝」「感動」「不思議」など50以上の項目があります。アットランダムな情報よりも、整理した情報の方が後で使い易くなります。
 ただ最近は、スマホのノートに入力する事も多くなりました。紙のノートからノートに書き移すよりも、スマホだと「コピペ」で簡単に移せます。書き直すのも便利です。ブログを書く時も、スマホのノートから直ぐに引っ張り出す事ができます。
 アウトプットを意識すると、様々な情報が向こうから次々と飛び込んで来るような気がします。

書く事より苦手な話す事

f:id:hiroukamix:20201018055807j:plain 元々話す事は大の苦手でした。昔は対人恐怖症や吃音がありました。しかし今は毎月百人くらいの人に話す機会があります。
 新型コロナになってからは、ネット配信が多くなりました。対面では10~20人くらいの人の前で話します。
 話の原稿が、このブログを書くのに役立っています。逆の場合もあります。ブログで書いた内容を話の種にする事もしばしばです。
 話を聞く人は、10代から80代まで老若男女様々です。これも私のアウトプットです。ブログと違って、リアルタイムで相手の反応が返ってきます。
 学生や青年の場合、最初「つまらない。」という反応がありました。そこでイラストや写真を挿入して、パワーポイントを使って話したところ、
「面白かった。また次を楽しみにしている。」
という反応があり、嬉しくなりました。
 7、80代の老齢の方々にも毎月話す機会があります。若者より反応が良く、その場で相槌をしたり笑ってくれます。しかし、あとで感想を聞くと何も覚えていなかったりするのが不思議です。
 コロナの中でも、直接人にアウトプットできる機会があるのは有り難い事です。触れ合いや交流を通して、喜びの輪が広がるのを感じます。

書く事が大の苦手

f:id:hiroukamix:20201018184500p:plain 私は書く事が大の苦手でした。小学校の頃、作文の時間が来ると、何も頭に浮かばなくて、白紙で終わりました。作文の時間がとても苦痛でした。
 中学校の頃、そんな私を見かねたのか、国語の先生が「交換日記をしないか。」と勧めてくれました。私は日記を書いた事もなく、全く気が乗りませんでしたが、何故か書く事になってしまいました。
 勿論点数を付けたり、添削するのではないですが、不思議としばらく続いたのを覚えています。何を書いたのか、全く記憶にはありません。先生の文章も覚えていません。
 このブログも、数ヶ月続けば良いかなと思いましたが1年以上続いているのが奇跡です。時々前に書いた記事を使って横着をしていますが。
 このブログの場でアウトプットをすると、漠然としていた考えがまとまったり、過去の忘れていた事を、ふと思い出したりします。特に「今週のテーマ」に沿って思いを巡らせていると、普段自分では思い付かない事が浮かんできて、良い刺激になります。自分でテーマを決めると、狭い視野になってしまうような気がします。
 今回の企画も、50年以上忘れていた国語の先生の事を思い出させてくれました。一人では長続きしないと思いますが、「はてなさん」や「読者さん」の助けがあって、背中を押してもらっているような気がします。

子供の情操教育にお勧めのマンガ「ポリアンナ」の「良かった探し」

f:id:hiroukamix:20201016053235j:plain 子供が小さい時に「ポリアンナ」というテレビマンガをやっていました。子供と一緒に見ていましたが、こちらまで引き込まれてしまいました。少女が主人公ではありましたが、男の子でも大人でも楽しく見られるマンガです。
 ポリアンナの父は牧師でした。幼くして両親を亡くしたポリアンナは叔母に預けられます。孤独で寂しいはずですが、ポリアンナはいつも「良いこと探し」で忙くしています。
 友達が悲しんだり苦しんだりしていると、「良いこと探し」のゲームをして喜びに変えてしまいます。
 大人たちが
「辛い、悲しい、寂しい、苦しい」
 と言っていると、ポリアンナは行って慰めた後、
「おじさん、おばさん、こんな嬉しいこともあるよ、こんな楽しいこともあるよ、こんな良いことがあるよ。『良いこと探し』をしよう。 」
 と言って励まして上げます。街中の人々から煙たがられている、いつも難しい顔をしたある紳士が、「馬鹿馬鹿しい。」と言って、ポリアンナを相手にせず、否定し無視し続けました。それでもポリアンナは諦めずに「良いこと探し」を勧めます。最後にはその紳士もポリアンナの前に脱帽し、笑顔を取り戻して明るい人生に変わります。
 ポリアンナの「良いこと探し」の背後にあったのは、牧師であった父の遺言でした。「神は絶対に裏切らない。」という神の愛に対する絶対的な確信でした。
 いつもしかめっ面をしている知人がいたのでポリアンナの話をしたら、TSUTAYAにDVDがあったので、借りて見たと言います。それから間もなくして少し顔が明るくなりました。ポリアンナ効果が出て来たみたいです。子供だけではなく大人の情操教育にも「良かった探し」は効き目があるようです。YouTubeでも見ることができるようです。