私の父は九十二才を過ぎたが、記憶力が私よりも良い。私は忘れることには自信がある。とても父にはかなわない。
父の記憶の鍛え方がある。毎日、漢字の書き取りをしている。例えば、さんずいが付く漢字を全部書き出す。次に土偏の漢字を全て書き出す。実家に帰った時に試してみたが、十個くらい書くと次が直ぐ出てこない。時間をかけて考えてやっと出てくる。私が十数個書いている間に、父は五十個くらいすらすらと書いてしまう。
どうやって覚えるのか聞くと、さんずいが付く漢字や人偏が付く漢字でそれぞれ物語を作っているという。例えば、
「漢字 新潟の源から水滴が湧き清い沢になる。下流に滝があり、潜ると浅瀬が濁った池と深く沈没船のある沼に出る。水は湖に注がれ、沖にお湯が沸き、激しい波と溶けた泡と濃い油で混沌としている。川は河や江になり海洋に流れ、湾の浜に泳法が上手く酒と汁粉が好きな浩治という漁師が泣いて涙し汚れた汗を洗って消している。」
これで五十個入っている。このようにして、覚えているという。木偏の物語や人偏の物語もある。
漢字の他に、その日の天気と気温を毎日記録している。すると、どんな日だったかを思い出し易いという。
老いたから忘れっぽくなるのではない。頭を使わないので、忘れ易くなるようだ。人間の記憶力は年に関係なく、使えば使うほど良くなるらしい。両親とも認知症には全く無縁なのがそれを証明している。
by ギノ