猿山の豚

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 人は心残りがあってはいけないと思う。よく幽霊が「恨めしや」と言って出て来るが、これは「心残り」や「未練」のことだ。この世で何かをやり残したまま、あの世に行くと「恨めしや」となるようだ。
 私は高校の時、柔道の練習で骨折をして、修学旅行に行けなかった。京都と奈良に行く予定だった。それが心残りになっていた。とても楽しみにしていたので、がっかりだった。まさに恨めしい気持ちだった。
 それから五年以上過ぎたある時、大阪から千葉に引っ越すことがあった。修学旅行の心残りを解く為に、どうしても京都で途中下車をしようと思った。
 京都駅で降り、修学旅行で行くはずだったいくつかの神社仏閣を訪ねようとした。確かにそのつもりで途中下車をした。しかし、どこかに行ったのかもしれないが、寺社を訪ねた記憶が全くないのが不思議だ。
 ただ一つだけはっきりと覚えているのは、京都にある動物園に行った記憶だけだ。修学旅行の行き先には入っていなかったし、心残りを解く為なら、神社仏閣を見に行かなくてはならないはずだ。それが何故動物園に行ったのかは全く覚えていない。動物好きで、何が何でも動物を見に行かなければ、という訳でもなかった。
 しかも、その動物園も猿山の記憶しかない。檻がなく、柵だけの大きな猿山だった。大勢の猿たちが、思い思いに遊んだり、追いかけっこをしたり、木に登ったりしていた。赤ちゃんを抱いている母猿もいた。
 表情や仕草が人間に似ているからか、とても親近感を感じた。いつまで見ていても飽きなかった。
 ふと猿山の下の方を見下ろすと、猿に混ざって何故か豚が一匹入っていた。子豚だったと思う。 
 面白かったのは、餌の時間だった。野菜を飼育員がバケツに持って来て、パーッとまいていた。すると猿たちはすばしっこく餌を取って食べていた。豚も餌を目掛けて突進していくのだが、食べようとすると猿が先に手で取って食べてしまうのだ。豚を横目にわざと意地悪をしているようにも見えた。何度挑戦しても豚は猿にかなわない。豚は餌にありつくことができずにブーブー言っていた。豚はまるでお伽噺に出てくる「猿蟹合戦」の蟹のようだった。しかしこの猿山には栗も臼も蜂も牛の糞の助っ人はいない。そもそも豚は敵討ちなどは望んでいないだろう。
 猿と豚のやり取りがあまりにも愉快なので、他の動物を見ないで何時間かずーっとこの猿山ばかり見ていた。猿だけでも面白いのに、愛嬌のある一匹の豚が愉快で全然飽きなかった。
 結局、京都はほとんどこの動物園の猿山で過ごして終わったが、修学旅行の心残りは解けたような気がする。
 ところが今年、甥の結婚式が京都であり、再び京都に行った。結婚式は上賀茂神社で行われた。京都で一番古い神社と言われるだけあって趣きがあった。丁度しだれ桜が満開で迎えてくれた。甥の新婦が上賀茂神社で巫女をしていた縁で式場を決めたそうだ。立派になった甥の姿に感心した。 
 式場近くに京都府立植物園があり、式は午後だったのでその前に二時間ほど園内の花を見てまわった。大きな温室の中は、目を見張る植物でいっぱいだった。
 折角京都に来たので、新緑の清水寺、披露宴会場から目と鼻の先にあった八坂の塔、八坂神社、祇園、駅のそばの東本願寺、鴨川沿いの歩道も散策した。
 鴨川沿いを散策しながら、こんな所に住んでみたいな、とふと思った。ゆったりとした川を眺めていると、のどかで心が癒される。このような道を毎日散歩してみたい。向こう岸に外にテーブルと椅子を並べたカフェが見えた。あんな所でコーヒーを飲んでみたい、と思った。
 八坂の塔の周りの細い路地も魅力的だった。路地裏を歩いて行くと、思い掛けない面白そうな店に幾つも遭遇した。
 旅行だけでは味わえない沢山の魅力を感じた。京都は是非一度住んでみたい街だ。
 
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by リクルート住まいカンパニー