今週のお題「お父さん」
以前書いたものですが、今週のお題に合わせて、書き直したり、書き足したものを数編載せます。
私は子供の頃に車酔いに大変悩まされました。ひどい時は、車に乗って動き出す前に気分が悪くなりました。
ですからバスで行く遠足が大嫌いでした。周りの人は楽しく愉快にはしゃいでいるのに、私だけは憂鬱で病人のような暗い顔をしていました。
ある日、とうとう地獄の時がやってきました。小学校6年の修学旅行です。2泊3日で江ノ島、鎌倉をバスで回わります。小学校生活最後の楽しい時間のはずですが、私にとっては拷問の時間でした。
出発前日の晩、あまりにも気が滅入っている私を見て、父が訓示をしてくれました。
「酔うと思うから酔うんだ。僕は大丈夫。酔わない、と自分に言い聞かせなさい。」
「心の持ち方次第で、人間はどうにでもなるんだ。」
話の基本はそんな内容でした。その話は2時間以上に及びました。
最初話を聞き始めた時は、
「また必ず酔うに決まっている。自分は父のような強い人間ではない。」
と思いました。
しかし、父の話を聞いているうちに、
「今度は酔わないかもしれない。」
と思うようになりました。更に話を聞いていると、
「酔わないような気がしてきた。」
という思いになり、最終的に
「もう絶対に酔わない。酔うなんてあり得ない。」
と不思議にも確信するようになったのです。何か父におまじないにかけられたような気がしました。
そして、ついに修学旅行の朝が来ました。席に着くやいなや「僕は大丈夫。酔わない。」心の中で悲痛な叫びをし続けました。
いよいよバスが出発しました。私はいかに酔わないでいるか、必死に耐えていました。眠れば酔わないと思い、眠ろうともしましたが、眠ろうとすればするほど、目が冴えてきました。
何とか30分以上持ちこたえましたが、段々と気分が悪くなってきました。自分でもどうしようもなく、我慢の限界がやってきた時、ふと父の言葉が脳裏に浮かびました。
「大丈夫。絶対に酔わない。酔うなんてあり得ない。」
すると不思議なことに、とてもスッキリした気分になりました。そして、奇跡的にも修学旅行のあいだ中、全く酔いませんでした。
生まれて初めてバス旅行を楽しむことができました。鎌倉の大仏、鶴岡八幡宮、江ノ島、七里ヶ浜など良き思い出として残っています。
しかし、それ以上に酔いを乗り越えた喜びと勝利感、そして大きな自信が与えられました。
その時から今に至るまで、一度も車酔いをしたことがありません。父のおまじないの成せるわざです。