今週のお題「卒業」
ところで小学校の時、書道を教頭先生が教えてくれた。この先生はとても変わっていた。書道の時間のほとんどは墨を擦るだけだった。
「墨を擦りながら心を落ち着けなさい。」
といつも言っていた。字を書こうとすると、
「まだ心が落ち着いていない。もっと墨を擦り続けなさい。」
と言われて、授業中に一枚書くのがやっとだった。一枚も書けず、墨だけ擦って終わることもあった。何の為の書道か分からなかった。
この教頭先生は墨の擦り方に対してもうるさかった。
「墨の底が真っ平らになるように真っ直ぐ擦れ。」
と言う。これが私には中々できなかった。
真っ直ぐ擦っているつもりが、いつの間にか右に傾いたり、左に傾いたりする。更には前や後ろに傾いてしまう。四隅を均等に擦るのは至難の業だった。教頭先生曰く、
「墨が傾くのは、心が曲がっているからだ。」
よっぽど私の心は曲がっていたのだろう。
更に紙が大切だからと、白い部分がなくなるまで練習させた。真っ黒になって、何を書いたかも分からなかった。
この教頭先生は、昼食の時間も簡単には弁当を食べさせてくれなかった。目をつぶって瞑想をしながら、唾液が十分出るのを待たされた。唾液がしっかり出ていないと消化に良くない、という理由だった。
ご飯も一口を口に入れたら百回噛めと言う。唾液とご飯がしっかり混ざらないと、消化できないからだと言った。昼食が終わる頃には毎日顎の筋肉が疲れた。
卒業後に担任の先生のことよりも、ほんの僅かしか教わっていない教頭先生の方が覚えているのは不思議だ。
続く