私を成長させてくれた門の貼り紙の二つの言葉

f:id:hiroukamix:20191122051422j:plain今週のお題「〇〇の成長」

 暗闇の中で、たった一つの言葉に出会って、希望の光が見えることがある。私は暗闇の中で、二つの言葉と出会った。
 新人研修で、訪問販売をしながら田舎を回っていた時のことだった。一生懸命に一軒一軒訪ねたが、朝から昼頃まで、実績が全くなかった。色々工夫をして、あの手この手で話をするが全然効果がない。片っ端から断りの滅多打ちに合った。
 何を売ったかは覚えていないが、商品を入れたバッグが肩にずっしりと重く感じたことは覚えている。売れるとカバンが軽くなるが、売れないといつまでも重たい。心も重くなる。
 段々惨めな気持ちになった。逃げ出してしまいたくなった。以前の自分だったら間違いなく逃げ出していただろう。
 しかし、いつも不思議な出会いによって導かれてきたので、諦めずに気持ちを切り替えた。「今日はどんな出会いがあるのだろうか?」とワクワクして歩むことにした。
 そう思って入った次の一軒目だった。門がある大きな農家の玄関先で、
「ご免下さい。」
 と何度か大声で叫んだ。誰も応答がない。留守のようなので隣の家に行こうとした次の瞬間だった。門の両脇に何か手書きの言葉が貼ってあるのに気がついた。その言葉に引き寄せられるようにして見ると、
「幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せなのだ。」
「美しい物を美しいと思える、あなたの心が美しい。」 
 この二つの言葉が筆で書かれていた。これは天の声だと思った。この言葉が、今日の出会いを導いてくれるに違いないと直感した。
 それまでの自分は、売れたら幸せ、と思っていた。良いことがあったら感謝するが、そうでなければ感謝しない。とても打算的な考えだった。
 しかし、この言葉の意図するのはそうではない。まず初めに感謝の心が大切だ、と言うのだ。何に対して感謝するのか、すぐには分からなかったが、今までの自分の考え方が間違っている、と思った。感謝の気持ちがないのに、幸せや良い結果だけを求めても、それは得られないのだと思った。
 そして、もう一つの言葉は、美しい物があるから美しいと感ずるのではなく、心が美しいから、美しく見える、という。この言葉も私の心の中にスーっと入って来た。
 今まで、売ろう、売ろう、と躍起になって構えていた。これでは相手も嫌がって逃げてしまう。感謝の心など微塵もなかった。
 美しい心ではなく、不平不満や打算的な心、売れなくて焦る醜い気持ちが強かった。
 門に貼ってある言葉を何度も繰り返して暗唱した。そして、どうしたら、感謝の心になるのかを考えてみた。
 何にもないのに、感謝するのは難しいと思った。話も聞いてくれない。誰も買ってくれない。実績は何もない。どうして良いかも分からない。これでどうやって感謝するんだろうと思った。
 しばらく考えてみた。感謝できそうなことを色々と探してみた。するとフッとひらめいたことが幾つかあった。
 今自分が生きていること、歩けること、目が見えること、喋れること、耳が聞こえること、太陽や空気があること、毎日三度、三度食事ができること、・・・。こんなにいっぱい感謝できることがあったんだ、と思った。
 気持ちを変えて歩み直した。「売ろう、売ろう。」ではなく、「感謝、感謝。」と自分に言い聞かせた。
 すると、次の家から立て続けに売れた。今まで売れなかったのが嘘のようだった。あっと言う間に、全部売り切れてしまった。カバンも心も軽かった。
 感謝したら、本当に恵みがやってきた。正に「感謝するから幸せなのだ」と思った。
 しかし、とても不思議だ。売る商品もトークも訪問するエリヤも何も変わっていない。ただ自分の心の持ち方が変わっただけなのに、こんなに結果が違うとは。 
 人間の幸福や不幸は自分の心の持ち方次第だと思った。特に感謝の心を持ち続けることの大切さを学んだ。
 その後、二十年以上立ってからのことだった。何か衝動にかられて、ふと本屋に入ると、突然ある本がスーッと目の前に飛び込んできた。まるで私を待っていたかのようだった。すかさず手に取って、パッと開いて見た。すると何とそこに、
「美しい物を美しいと思える、あなたの心が美しい」
 という言葉が書いてあった。びっくりした。その言葉と再会してとても嬉しかった。慕わしい人と久し振りに出会ったような気分だった。そして、あの時の感動が蘇ってきた。
 その本は、相田みつをの「人間だもの」だった。すぐにその場で購入して、家でじっくり読んだ。味わい深い言葉がたくさん書かれていた。書道で書かれていた字も素朴で気に入った。
 しかし、「感謝するから幸せ」のほうは、いまだに誰の言葉か分からない。多分、受けた恵みに感謝するのは勿論のこと、当たり前のことにも心から感謝し、更にどんな試練や困難にも感謝して生きた人の言葉に違いないと思う。
 どちらにしても、この二つの言葉は、間違いなく長年に渡って、私に大きな希望と勇気を与えてくれた。この言葉を語った人と、この言葉を門に貼ってくれていた農家の人と、あの日の午前中、私に断わってくれた全ての家の人々に感謝したい気持ちだ。そのお陰で会えた言葉だ。
 感謝の言葉、美しい言葉は感謝の心、美しい心を育ててくれる。感謝の心、美しい心は幸せと喜びを運んでくれる。