営業をしていた時の話だ。ある目標に向かって、一ヶ月間の取り組みをしていた。あと一週間なのに、まだ半分もできていない。少し焦っていたが、望みを最後の一週間に懸け、必死に歩んだ。そして遂に最終日を迎えた。
最終日にもかかわらず何故か不安はなかった。できない気がしなかった。そしてその運命の日に、Mさんという方に出会って目標を達成したのだ。だから私にとって、Mさんとの出会いはとても劇的なものだった。
Mさんとは商品を買ってもらった縁でその後も何度か交流をした。しかし、人事や度々の引っ越しがあり、Mさんとの交流は途絶えてしまった。Mさんのことはすっかり忘れていた。
それから五、六年してからのことだ。群馬の高崎に住んでいた私は、用事があって長野の伊那に行った。
伊那に着き、高遠城址公園に行くと、美しい桜の花が満開だった。高台からは下に伊那の街並みと遠くにアルプスの雄大な山々が見えたように記憶している。
城址公園を散歩してから予定していた訪問先を訪ねた。するとそこで何とMさんにバッタリと会ったのだ。お互いにビックリである。一瞬狐につままれたような感覚になった。
最初は五、六年立っていたのと、まさかこんな所にいる訳がないという思いから、すぐにMさんだとは気がつかなかった。でも正真正銘それはMさんだった。
Mさんは千葉に住んでいたが、用事があってたまたまその日は遠く遥々と伊那に来ていた。
しかし、それはただの縁ではなかった。Mさんは捨てる神に取り憑かれた真っ只中にいたのだった。人生絶望の淵にいて、
「世の中に神も仏もいない。もう全てが嫌になった。一ヶ月間の願かけをして、何も起こらなければ、何もかも捨ててしまいたい。」と思い詰めて、胸の中である決意をしていた。
実は不思議なことに、Mさんと私が伊那で再会したその日が、願かけを始めて丁度一ヶ月目の最終日だったというのだ。Mさんは「神も仏もいた。」と実感したそうだ。
その後Mさんは人生の絶望から抜け出した。更に数年後に、結婚して家庭を持ち、幸せに暮らしている旨の手紙をもらった。拾う神のお導きである。
私がMさんと出会ったのも、思えば一ヶ月間の取り組みをしていた最終日だった。
縁とは不思議なものだ。これは決して偶然とはとても思えない出会いだった。
その日私が何故伊那に行こうと決めたのかはっきりと覚えていないが、Mさんに会わせる為に拾う神が仕組んだ演出としか考えられない。
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