大切な人⑥父からの祝辞

今週のお題「大切な人へ」
f:id:hiroukamix:20200220054959j:plain 私は訳あって大学の卒業式に出られなかった。すると父が
「俺が学長に代わって、祝辞をしてやる。」
 と言って三つの話をしてくれた。
 一つ目は、まず私に質問した。
「『当たって砕けろ。』とは、どういう意味だと思う?」
 私は少し考えてから、自信なさげに答えた。
「砕かれても良いので、まず当たりなさい、ということだと思います。」 
 すると父は言った。
「自分の解釈は少し違う。いったん志を持ったら、たとえ壁に当たって砕かれても、何度砕かれても、諦めずに挑戦し続けて、最後は壁を砕いて志を成し遂げることだと思う。海の波は岩にぶつかって何万回も何万年も砕かれ続けるが、最後にはあの硬い岩を砕いてしまう。そのように生きなさい。」
 と言った。
 この言葉が、どれほど大きな力になっただろう。くじけそうになった時が何度もあったが、そのたびに、この言葉に励まされ、助けられた。父自身がそのように生きているのだと思った。
 二つ目は、
「虎の尻尾になるより、鶏の頭になりなさい。」
 と言った。これは、何か出世しろとか、偉くなれ、という意味ではない。ただ人の命令や指示で動く消極的な生き方ではなく、自分で主体的に考えて、自分の意志をはっきり持って生きなさい、ということだった。雀の頭くらいにはなれたかな、と思う。
 三つ目は、
「一度自分で決めたことは、責任を持って最後まで全うしなさい。」
 というものであった。途中で諦めたり、逃げるのであれば、最初からしないほうがいい、と言った。
 私の進路に対して、父は決して賛同するものではなかった。というよりも、むしろ反対だった。しかし、私の決意が固かったので、やむを得ず父は妥協したに過ぎない。とても祝福する門出ではなかった。
 そうでありながら、このような祝辞をくれた父がどんな思いだっただろうかと思う。いまだに聞いたことはないが、とても感謝している。

続く