⑥遠く彼方の傘の記憶

今週のお題「傘」
f:id:hiroukamix:20200618052203j:plain 中学校の1年か2年の時でした。学校の帰り道に大きな弧を描いた下り坂がありました。確か「しんぞう坂」といったように思います。立派な柱状節理の岩が片側にあり、珍しいシダが生えていました。坂の途中に幾つか防空壕があり、幼稚園の帰りなどに中に入って遊んだ記憶があります。
 その坂の上の方まで来た所で夕立が降ってきました。慌てて一番上の防空壕に入ろうとしたら、後ろから優しい声がしました。
「どうぞ、お入り。」
 振り向くと、同じ小学校に通っていた1年上のお姉さんでした。少し迷いましたが、満面の笑みにつられて、甘えて傘の下に入りました。
 小学校の時は一度も話をした事はありませんでした。と言うよりは、それが最初で最後の帰り道での出会いでした。私はクラブ活動をいつも遅くまでしていたので、多分それっきり会わなかったのだと思います。
 道中何を話したのかは何も覚えていません。お姉さんの家は、私の家の倍以上遠い所から通っていて、1時間位掛かったのではないかと思います。記憶が正しければ、途中で夕立がやんだような気がします。
 10年以上前に大きな橋ができて、大きな弧を描いた坂を通らない近道ができました。帰省してもあの坂を通る事もなくなりました。一度だけ通った時に、防空壕も柱状節理も皆コンクリートで覆われていました。岩が崩れ落ちるのを防いだり、危険な防空壕を塞ぐ為だと思います。珍しいシダも残念ながら見る事ができませんでした。
 傘の記憶を辿っていたら、ふと蘇ってきた一コマです。