神様の愛「鶏」


 毎朝、目がさめるころ鶏が鳴きます。近所で十羽ほど飼っている家があります。
 鶏は鳴く順番があるようです。雄の一番強い鶏が一番最初に鳴き、二番目に強い雄が次、そして三番目というふうに鳴くと聞きました。鶏の鳴き声は縄張りを主張しているようです。しかし、あの狭い鳥小屋の中で縄張りを主張しても寂しい感じがします。
 鶏は卵を生んだり、肉を提供したり、私たちにとても貢献してくれます。有り難い存在です。もともと飛べなかったのか、人間に飼われたゆえに飛べなくなったのか分かりませんが、気の毒な気がします。
 鶏は聖書の中にも登場します。イエスが兵隊に捕まり、弟子たちにも害が及ぶかもしれないときに、第一弟子のペテロはイエスのことを
「私はあの人をしらない」
 と三度否定しました。すると、その直後に鶏が三度鳴きました。神を不信したペテロに対する悲しみの鳴き声でしょうか。現在その場所に鶏鳴教会が建っています。イスラエルを旅行したときに、一度訪問しました。そのときに、ペテロの不信というよりも、人間の弱さを感じました。
 ところで、鳥インフルエンザが蔓延して、今シーズンだけで一千羽以上の鶏が処分されてしまいました。とても可哀想です。鶏さんたちの上に、神様の愛が降りそそがれることを祈ってやみません。