今週のお題「おうち時間2021」
これは私が知人から聞いた話です。
ヘレン・ケラーは目が見えない、耳が聞こえない、話せないという三重苦を抱えていました。アニー・サリバンという最高の師と出会い、誰もが知る偉人となりました。
今からお話しするのは、ヘレンケラーのことではありません。100年ほど前にアメリカのニューイングランド州の病院で、掃除婦をしていたおばさんのお話です。
その病院には、『緊張型精神分裂症』と診断された9歳の女の子が入院していました。女の子は幼くして両親と生き別れました。弟と一緒に施設に引き取られましたが、弟もほどなくして亡くなりました。大きな悲しみに暮れた少女は、そのショックから視力を殆ど失いました。追い打ちをかけるように、この重い心の病にかかってしまったのです。
著名な医師たちが彼女を診断しますが、治る見込みはない、ということでした。当時は精神障害に対して差別も色濃かった時代でした。彼女は一日のほとんどを鉄格子のついた病室のベッドに横たわって過ごしました。笑うことも、言葉を発することもなく、ただ死を待つばかりでした。
少女の部屋の周りを掃除をするために、毎日おばさんがやってきました。そのおばさんにも、同じくらいの年の娘がいたので不憫に思いながら、時折声をかけてみました。
『元気?』
「・・・」
『いいお天気だよ。あんた、今日も全然食べてないじゃない。』
「・・・」
『少しは食べて元気出さなきゃね。』
「・・・」
少女は表情一つ変えることはありません。そこでおばさんは、毎日病室の前を去る前に、ちょんちょん、とホウキの柄で少女の肩を優しくつついてあげることにしました。
鉄格子があるので、直接触れることはできません。でもホウキなら
『明日も来るからね。』
ちょんちょん。
『ご飯持ってきたよ。』
ちょんちょん。
『さあ、今日も廊下をきれいにしておいたからね。』
なでなで。
鉄格子の間からホウキを差し入れて、そっとつついたり撫でたりしました。おばさんは、そんなことしかしてあげることはできませんでした。それでも何かせずにはいられなかったのです。
それから三か月ほど経ったある日、小さな変化が起きました。おばさんが病室の前に行くと、いつもベッドに横たわっていた少女が、座っているのです。
『あれ!今日は顔色もいいじゃない!具合がいいの?』
「・・・」
『良かったね、今日はおばさん、張り切ってきれいにしておくからね。』
「・・・」
『また明日ね。』
ちょんちょん。
それから少女は、少しずつご飯のお盆を
手で受け取れるようになりました。ほんの一言ずつでしたが言葉を発するようになりました。弱視ながら視力を取り戻して、笑顔まで見せるようになりました。
偉い医師たちが匙を投げた少女は、やがて奇跡のような回復を遂げていったのです。
それから約10年後。この病院の院長は、アラバマ州から来た紳士からある相談を受けます。紳士の子どもが重度の障害児で、世話をしてくれる人を探しているというのです。
その頃、あの少女は19歳になっていました。院長は自信を持って、彼女を紳士に紹介しました。
彼女の名は、アニー・サリバン。病室でただ死を待つだけだった、あの少女です。
ヘレン・ケラーの世界的偉業は、アニー・サリバンの存在があったからこそ、という事実は私たち誰もが知るところです。
ではそのアニー・サリバンは誰によって未来への扉を開かれたのでしょうか。ホウキの先ほどの、小さな愛。どんな大木も、たった一粒の種から生まれ、どんな大企業も、たった一人の志から始まります。
私たちは、
『いい世界を創ろう!』
などと聞くと、
『私なんかにそんな大きなことはできない。』
と思ってしまいがちです。
私のたった一言、たった一つの小さな愛の行動が、今私がいる場所の片隅にあたたかな火を灯し、やがて世界を変える大きな力になるかもしれません。