インディアンが雨乞いをすると、必ず雨が降るという話を聞いた。何か特別な秘術や儀式があるのだろうか、と思って聞くと、
「雨が降るまで祈るから。」
というのが答えだった。しかし、このような当然とも言える行為を、私たちはしていないことが多い。
この話を聞いて、赤ちゃんを連想した。無力なはずの赤ちゃんは、自分のどんな願いも必ず叶えてしまう。しかも、たった一つの行為である「泣く」ことによって。
お腹が空けば、泣くとお乳がもらえる。おしめが濡れて気持ちが悪ければ、また泣けばいい。誰かがおしめを替えてくれる。眠たいと、また泣く。すると誰かが抱き上げて、ゆらゆらと心地よく寝かせてくれる。すぐにしてくれない時は、してくれるまで泣き続ければいい。赤ちゃんは、自分のあらゆる願いを成就させる天才だ。
大人になると、願いがあっても泣かなくなる。恥ずかしく思うからだ。そして遠慮する。欲しくても、つい
「結構です。」
と断ってしまう。本当は欲しくても、弱い人間と思われたくなくて、また人の目を気にして、欲しいと言えなくなる。愛を必要とする人に限って、心を閉ざして、愛や人の好意を拒絶する場合が多い。
「私は大丈夫です。」
「私に悩みはありません。」
「私は幸せです。」
と、自分の心を偽る。人一倍愛情が欲しいのに、幸せそうな振りをする。かつての私もそうだった。心が満たされていない時ほど、何でもないように装って、強がっていた。そして、現実の問題を見ようとせずに、趣味や面白いテレビなどを見ながら、ぽかっと空いた自分の寂しい心を一時的に満たしていた。
本当に欲しいもの、心から望んでいるもの、自分にとって必要なものを諦めて、悟ったような振りをするのではなく、年齢や立場に関係なく、インディアンのように、また赤ちゃんのように、一途に求めていくことが、大切だと思う。
人間一人の力は微々たるものだ。本当に強い人は、自分の力だけで何でもしようとする人ではなく、自分の弱さや欠点、不足を素直に認め、人や天に頼ったり、甘えたり、助けてもらう人ではないだろうか。それは決して恥ずかしいことではないと思う。あとで「ああしておけば良かった。こうして欲しかった。」などと後悔しない生き方をしたい。