「鈴の鳴る道」の深い意味

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 駅に行く途中に躓いて転びそうになった。ぼーっとして歩いていたからだ。工事中で道に沢山の凸凹ができている。あちこちに小さな段差があったり、突然ちょっとした坂がある。良く見て歩かないといけない。
 そう言えば、以前読んだ本を思い出した。「鈴の鳴る道」という詩画集だ。不思議な題名だと思ったが、その意味を知って感動した。
 著者は星野富弘さんという方だった。この方は手足が不自由な方だ。だから口に筆をくわえて絵を描いたり、字を書いている。驚きだ。私が手で描いても、そんなに上手に描けない。
 星野さんは体育の先生だったが、授業中に空中回転をして、頭から落ちて四肢が麻痺してしまった。歩くことも、自分の手でご飯を食べることもできなくなった。今まで自分の力で生きてきたと思ったが、そのような体になって、初めて生かされていたことに気がついたという。そしてクリスチャンになった。
 星野さんは花の絵しか描かない。足がなくて歩けない花と、足が不自由で歩けない自分を重ねているからだ。
 ある人が、お見舞いに鈴をくれた。とても心地良い音色だった。その鈴を電動車椅子に吊した。それまで車椅子で外に出て、凸凹や小石があると、不満ばかり言っていた。しかし、鈴を吊してからは鈴の音が聞きたくて、わざと凸凹や小石のある所を選ぶようになった。自分の人生は平坦な道ではなく、凸凹道だったと振り返る。それ故に沢山の気づきや素晴らしい出会いがあった。それで『鈴の鳴る道』というタイトルを付けたそうだ。
 私たちは毎日の日常で繰り返される事が当たり前だとつい思ってしまう。歩けること、食べること、目が見えること、音が聞こえること、呼吸ができること、太陽が昇ること、水が出ること、電気が付くこと、などなど。
 そして、特別なことがないと、「何も良いことがない。」と思って不平を言ってしまう。しかし実際は当たり前とも思える日常の中に、沢山の恵みをすでに与えられている。ただそのことに気が付いていないだけだ。平坦な道よりも、凸凹道こそ多くの気づきや悟りを与えてくれる道かもしれない。
 駅に行く途中に躓いて転びそうになったのは、
「ぼーっと生きてんじゃないよ!」
 と、チコちゃんからお叱りを受けたような気がした。