今週のお題
老後の理想は、富士山が良く見える所に住みたい。私にとって、日本人は皆そうかもしれないが、富士山は特別な存在だ。
十年以上埼玉の川越に住んでいる。家のベランダから晴れた日には富士山が良く見えた。最近二キロほど南に引っ越して、残念ながらベランダから富士山が見えなくなった。五十メートルくらい歩くと良く見えるので、まあ良いか、と思っている。山梨の実家より遥か遠くにいるのに、実家の近くで見る富士山よりもずっと大きく見える。近くに山がないからだ。
関東にいると、どこに行っても富士山を探す。神奈川にいた時も、千葉にいた時も富士山が見えて嬉しかった。富士山は毎日見ても飽きない。
大学の卒業記念に、富士山に登った。私は、富士山の麓まで、車で三十分くらいのところに実家がある。子供の時から毎年のように、富士五湖や富士山の五合目までは行った。しかし、山頂には一度も登ったことがなかった。
山梨で生まれ、育ったのに、富士山に一度も登ったことがないのでは話にならない。大学卒業前に一度くらいは登っておかなくては、と思った。
山梨には、こんな言葉がある。
「富士山に一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿。」
一度も登らないのは分かるが、二度登るのが何故馬鹿なのかと思っていた。一度登って分かったことは、遠くで見ると美しい富士山だが、実際登って見るとゴミだらけでとてもがっかりした。二度登る必要はないと思った。
世界遺産になった今では、もうゴミだらけということはないかもしれないが、富士山はあの美しい姿をやはり遠くから見ているのが良い気がする。
私たちは山頂付近でご来光を拝む為に、まだ暗い夜に五合目を出発した。懐中電灯の灯りを頼りに、山頂に向かった。初めはなだらかだったが、段々と岩肌も多く険しい道に変わっていった。
何時間かかったか、はっきり覚えていないが、睡眠も取らず、一気に頂上まで登った。
心配していた高山病にもならず、スムーズに登ることができた。
山頂に着いたのは、日の出の少し前だった。まだ暗闇の中だった。空を見上げて驚いた。満天の星だった。こんな星空は、今まで見たことがなかった。三百六十度、空のどの方向を見ても隙間がないくらいに、星がびっしりと詰まっていた。どんなプラネタリウムも、この星空には絶対にかなわない、と思った。
記憶にはないが、北斗七星のおおぐま座、こぐま座、はくちょう座、カシオペアなどが見えていたはずだ。
小学生の頃は天文少年だった。兄が親にお願いして望遠鏡を買ってもらった。兄に教わりながら、色々な天体を見た。月や太陽、土星、木星、金星、星雲、星団、銀河などだ。特に月のクレーターや太陽の黒点、土星の輪には感動した。弟も兄の影響か、気象に関係する仕事についた。
宇宙にはロマンがある。好奇心も呼び起こされる。星空を見ていると、小さな地球で、やれこの島は我が国の領土だとか、この境界線から内の土地なので、入ってはいけないとか、せせこましいことを言っているのが、バカバカしくなってしまう。