ピーナッツとスヌーピー

f:id:hiroukamix:20201015073457j:plain もう何十年か前の話ですが、当時発刊されていたピーナッツの漫画を全巻読破したことがあります。最初の動機は英語の勉強の為でした。しかし、段々と読んでいる内に、スヌーピーとチャーリーブラウン、他の登場人物のセリフを通して、人生の教訓を感じるようになり、ハマってしまいました。
 スヌーピーのセリフに次のようなのがありました。
「昨日も犬だった。今日も犬だ。明日も犬だろう。(ため息)」
 スヌーピーウッドストックのように鳥になろうと思い、犬小屋のてっぺんから何度か飛び降ります。しかし、いつも地面に叩き付けられては痛い目に会います。何か反面教師のようなメッセージを感じました。
「諦めるな。必ず道がある。探し出しなさい。」
 というメッセージです。ある外国人が日本人の口癖をランク付けしたら、一番多かったのが「しょうがない」という言葉だったといいます。時に日本人は「諦める」ことを「悟り」と言う場合があります。
「君は若い。まだそんな夢を追いかけているのか。僕はとっくに悟ったよ。」
 と言いながら、「悟った」という言葉を「諦めた」という意味で使っているのを何度も聞いたことがあります。
 そうかと思うと、スヌーピーの次のようなセリフもありました。
「昨日から学ぼう、今日を生きよう、明日を見つめよう。」
 否定的な言葉だけではなく、肯定的な希望を与えるセリフも多くあります。と言うよりも肯定的な言葉の方がはるかに多いです。全体的に人生を肯定し、人々にエールを送っています。
「人生には晴れもあれば雨もある、昼もあれば夜もある、山があれば谷もある。」
 このセリフのように、良いことも悪いことも全てを受け止めて、前向きに生きようとする作者のメッセージが伝わって来ます。
 気分が落ち込んで何もしたくない時や試練に会って逃げ出したくなった時など、ピーナッツを読んで何度も励まされました。チャーリーブラウンやルーシー、ライナス、皆自分の周りにいるようなキャラクターばかりです。この愛すべき人物たちに感謝します。
 四コマ漫画の中に人生が圧縮されています。そんなピーナッツが私は大好きです。

コスモスの中に宇宙の星

f:id:hiroukamix:20201014054543j:plain 私はコスモスのピンク色の軽やかな花が、秋風になびいて揺れる姿を見ると、幸せな気分になります。
 毎年、必ずコスモスの花をどこかに見に行きます。鴻巣の荒川河川敷、くりはま花の国、昭和記念公園、千葉のマザー牧場、などです。
 また日高市高麗川沿いにある巾着田彼岸花で有名ですが、水車小屋と共にあるコスモスも劣らないくらい素晴らしいです。佐久のコスモス街道も何度通ったか数え切れません。久喜のコスモスロードも散歩しながら楽しめます。
 私が住んでいる川越には伊佐沼東岸にコスモス畑があります。毎年見に行きますが、見頃が過ぎると摘み取り自由になるのが嬉しいです。また名もない近所の畑の脇に咲いているちょっとしたコスモスを見るだけでも嬉しくなります。
f:id:hiroukamix:20201014054723j:plain ところで、コスモスには「宇宙」という意味があります。宇宙には当然「星」があります。実はコスモスの花の中を良く見ると、「星」が一杯詰まっています。しかも三種類の「星」が見えます。開く前の星形の筒状花と五つの花弁を開いた筒状花、そして筒状花の真ん中にある星。皆星形をしていますが、形が違って面白いです。
 今朝も駅に行く途中に、畑の片隅に咲いているコスモスの花を見て幸せな気分になりました。

昔の漫画

f:id:hiroukamix:20201013053759j:plain 子供の時にテレビで見た漫画を思い出します。鉄腕アトム鉄人28号零戦隼人、風の藤丸、オバケのQ太郎ゲゲゲの鬼太郎巨人の星サザエさん、少年ケニアアタックNO.1サイボーグ009エイトマン、怪物くん、おそ松くん、パーマン、などが思い出されます。
 毎週楽しみにして、夢中になって見ました。主題歌は50年以上経った今でもほとんど覚えています。一番印象が深いのは鉄腕アトムです。人間の心を持ち、ロボットでありながら笑ったり、泣いたり、怒ったりするのが楽しかったです。アトムは友達であり、正義の味方であり、憧れの存在でした。漫画の世界ではなく、生活の中に一緒に生きているような気がしました。
 アトムの絵が描かれたシールが入ったお菓子をよく買ってもらいました。部屋中にアトムのシールを貼った記憶があります。
 チラシの裏や画用紙にアトムの絵を描きました。学校でノートや教科書の余白にも漫画をよく描きました。厚い本の余白に少しずつ変化を付けて描き、本をペラペラとめくって動画のようにして遊んだものです。
 最近は工場や医療、農業など様々な分野でロボットが活躍しています。アトムのように喋ったり、歩くロボットもどんどん開発されています。老人ホームなどの福祉やホテルなどで人とコミュニケーションを取って活躍しています。
 ロボットが益々身近になり、ロボットと一緒に暮らす日がやってくるのではないかと思います。

誰もが繋がる事を求めている(下)

f:id:hiroukamix:20201012053303j:plain 地球は一つの生命体だと言われます。地球上の全ての存在は運命共同体であり、皆繋がっています。
 漁師が山に木を植える、という活動があります。山に木が多いと落ちた葉や実の栄養が雨で川に流れ、海に栄養豊富な水が流れ込みます。そしてプランクトンが増えます。その結果、それを食べる魚も増えます。
 歴史の流れの中で、心と体の関係が切れ、人と人との関係が切れ、人と自然との関係が切れてしまいました。その弊害が様々な所に出ています。病気、戦争、自然破壊・・・。
 今まで分けてバラバラになった心と体、夫婦、親子、兄弟、嫁と姑、国と国、人間と自然などの絆を再び結んで一つになる時代を迎えました。
 元々日本人は結ぶことが好きでした。米と米を結ぶと「お結び」。親に男の子が結ばれたら「結ぶ子」即ち「息子」。女の子が結ばれたら「結ぶ女(め)」即ち「娘」。相撲では、最後の取り組みを結びの一番と言います。結びには最後という意味と、最も重要という意味も込められています。
 また東日本大震災の頃から、絆という言葉が良く使われるようになりました。人は繋がることを皆求めているからだと思います。
 人間には家族や親族、社会という横の繋がりと共に、先祖代々からの縦の繋がりもあります。先祖の生き様や、願い、理想、志しを知ることにより、過去と現在が結ばれていきます。そして、未来の後孫に繋がっていきます。
 過去に切って分かれてきたものが、繋がり、結ばれ、一つになっていく時代を迎えていると思います。

誰もが繋がる事を求めている(上)

f:id:hiroukamix:20201011062037j:plain 今までの歴史は、色々なものを一所懸命に切ったり分けたりしてきました。
 科学の科は禾編に一斗・二斗の斗と書きます。米を分けるという意味があります。科学は物を分けて、分けてどんどん小さくし、分子・原子・素粒子と分解して研究していきます。
 医学を見ると、昔の医者はどんな病気も全部一人で診ました。人間を心と体が一つとなった全体として見てきました。しかし現代医学は心と体を分けて、更に体も内科、外科、歯科、眼科、耳鼻科、小児科、等細かく分かれてきました。とても一人で全ての分野を診るのは現実的に大変なので、当然の成り行きだと思います。ところが、専門的に細分化すると、見えなくなるものもあります。分けて来たことにより様々な問題も出ているように思います。
 頭痛で悩んでいた知人がいました。色々な病院に行っても、様々な薬を飲んでも治りませんでした。整体院で顎の骨を調節してもらったら、わずか数分で治ったそうです。体全体を繋がりとして見ないと、原因が分からないと思います。
 家庭は三世代から二世代、更に一人暮らしが多くなりました。隣近所の付き合いも希薄になっています。社会全般に個人主義的な傾向が強くなりました。その中で、多くの人が孤独を感じています。

続く

早く来い来いコンサート

f:id:hiroukamix:20201010061919j:plain 家から3分のところに音大があります。大きな音楽堂があって、毎年卒業生の代表演奏会や学園祭での演奏会など様々な無料のコンサートがありました。いつもそれを楽しみにしていました。
 しかし、新型コロナウィルスが拡大してから、全ての予定が中止となりました。とても残念です。
 特に学園祭は休日の丸2日間、朝から夕方まで何10種類の演奏を聞く事ができます。ヴァイオリンやピアノ、オーケストラ、声楽、弦楽四重奏など、多彩なジャンルの演奏が聞ける贅沢な機会でした。毎年一日中コンサートのはしごをして楽しんでいました。
 プロになった卒業生のコンサートや国内外で活躍している先生方のコンサートもあり、感性が磨かれる貴重な時間でした。
 校門の前を通って、コンサート案内のポスターを見るとワクワクしましたが、ここのところ全くないのが残念です。
 家でCDやYoutubeの音楽を聞いたり、自分で下手なピアノを弾きながら、舞台の上で主役になって演奏している気分を味わっています。早くコンサートが聞ける日が来て欲しいものです。

心の筋肉を鍛える

今週のお題「運動不足」
f:id:hiroukamix:20201009060152j:plain 体の筋肉を鍛えるように、心の筋肉も鍛える必要があると思います。特に感性が鈍いと、人生において感動や喜びが少なくなります。人の気持ちが分からず、コミュニケーションにも問題が生じます。
 感性を磨く為には、瞑想をすると良いと言われます。確かに心が研ぎ澄まされ、敏感になります。ひらめきや気づきも多くなるのを感じます。
 最近はマインドフルネスというのが流行っています。私も一日に一度は必ず瞑想をします。心が時間と空間を越えて、自由に飛び回るのは心地良い事です。
 また本物に触れると更に感性が鋭くなるといいます。一流の絵画を見たり、音楽を聞いたり、ミュージカルやバレーを鑑賞するのが望ましいようです。
f:id:hiroukamix:20201009060213j:plain 私もコロナの前は、数ヶ月に一度はコンサートに行ったり、絵や書道の展示会に行っていました。一流の方のピアノやヴァイオリン、オーケストラの演奏を聞くと心が豊かになったような感じがします。しかし最近はほとんど行っていません。
 ベビーシッターをしている知人から聞いた話があります。一軒の家は、お父さんやお爺さんが子供の時に使った木で作られた玩具で遊んでいます。手の感覚を通して感性が磨かれるようです。物を大切に使い、絵を描いても良い感性が伝わってくるといいます。
 もう一軒の家は、行くたびにプラスチック製品の新しい玩具が買ってあり、次に行くと必ず壊れているそうです。プラスチック製品ばかりに触っていると、感性が鈍くなるようです。壊れても、無くしても何も感じなくなり、また買えば良い、と安易に考えてしまいます。絵を描いても、あまり良い感性が伝わってこないそうです。
f:id:hiroukamix:20201009060244j:plain しかしお金をかけなくても、身近に本物に触れられるところがあります。それは自然です。森や林、川や海などの自然を通して感性が磨かれていきます。木がたくさん生い茂った公園でも良いと思います。木や草花、石は本物の自然です。草木や石を見たり触れたり、鳥のさえずりやせせらぎの音を聞いて、感性が磨かれるのを感じます。道端に生えている草一本からも生命の息吹が感じられます。
 毎日心にも栄養を与える事が大切だと思います。